小田の棚田清流米、販売を始めました!

3. 小田で米をつくる

ここまではお米の特徴とお米を中心としたまちづくりについてお話ししました。ここからは小田地区のお米づくりについて詳しくみていきたいと思います。

かつての小田本川地区周辺の風景。田畑が山から平地にかけて広がっている。

小田は古くから農林業で栄えた地域です。農作物の中でも米、大豆、麦が盛んに栽培され、豆腐や味噌、うどんなどに加工され郷土料理も発達しました。

参考:江戸時代の小田ってどんなだろう?|愛媛おだらへん:

また江戸時代から昭和初期にかけ林業も盛んな地域でした。下流域にある港町「長浜港」は江戸時代日本3大木材集積港としても知られ、長浜港の木材の生産拠点の一つとして小田も栄えました。最大の特徴は小田の突合地区周辺から下流域に堰がない小田川です。昭和初頭まで材木や物資を筏(いかだ)を作って下流まで流せたことで物流コストを減らせたことが材木が集積した大きな要因です。小田川の特性を活かし、小田の町は林業でも栄えてきました。

ぜんぶ、棚田!

小田地域は源流域にあり、山の中は平地が少ないため、ほぼ全ての田んぼが棚田です。ちなみに棚田の定義は1988年に農林水産省が定めた1/20以上の傾斜角としています。小田の田んぼは写真でも出てくるようにほぼ全ての田んぼが1/20以上の傾斜角であり、「棚田」といえます。小さな田んぼでも、お米の豊かさは他の作物を凌駕しました。急な斜面にも石を積み、土を均し、田んぼを作り、石積みが崩れてきては修理をしました。小田の田んぼは、山あいの農家の厳しさを生き抜いた先人たちの誇りがたくさん詰まっています。

小田上川地区の棚田の風景

水がきれい

小田は平地が少ない点では米づくりに適していませんが、稲を育てる上で大切な「水」については、とても恵まれています。小田は愛媛の清流「小田川」の源流域であり、中心部の川でも透き通っており、鮎が泳いでる姿を橋の上から覗けるくらいに綺麗です。

小田の棚田の水は、清流小田川に合流する前に、森から沁み出た沢水をそのまま流し入れています。美しい水での米づくりは小田のごはんの美味しさを作り出しています。

小田の中心地にある「小田町橋」の上からアユが泳いでいるところを観察する大人たち。

平地が少ない米作り

1970年ごろより全国的に田んぼを耕しやすくする「圃場整備」が盛んに行われ、1985年に小田地区でも圃場整備が終わりました。しかし、全国の圃場整備後の田んぼの平均的な大きさが20aから30aに対し、小田の田んぼは、谷の地形に作られているものが多く、広げにくかったため平均すると1a(100㎡)未満の小さな田んぼが整備されました。

また斜面のため、畦を広く取る必要があり、畦の草刈りも平地の何倍もの手間ひまがかかります。年に3回程度の草刈りは勾配もきつく、おいちゃんおばちゃんたちにとっては重労働です。

谷地形に所狭しと棚田が広がっている。

赤字のお米づくりの葛藤

 近年、小田でお米を作ると、田んぼの面積が小さく畦が広いため、赤字になることもあります。苗や機械を用意してもお米の売値が低く、収穫したお米の売れた額よりも多くの出費が必要になるからです。日本の全国的なお米の相場は過去30年で物価が上昇したにもかかわらず、下げ止まったままなことも原因の一つです。JAの供出米の場合、30kg 5,650円(2021年10月現在)が相場です。採算が合わないため、お米を売らずに自宅と親戚用にする農家も多くいます。金銭的に厳しい状況から、やめていく田んぼも少なくありません。

急な斜面での努力も虚しく、金銭的に厳しいお米づくりが続いています。

米農家、大塚さん

人口減少や高齢化、お米の売値などさまざまな理由で小田の田んぼが荒れる一方、耕せなくなった田んぼを引き継ぎ、田植えを続けてるのが大塚農園の大塚一郎さんです。大塚さんは農家の子どもとして生まれ、九州での青春を終え、奥様を連れて20代後半に戻ってきました。Uターンからおよそ30年、現在は70枚以上の田んぼを耕しています。大塚農園のお米は毎年一等米の評価を受け、売り先も工夫し、飲食店と直接の契約や、大手スーパーのギフト、酒米を日本酒にしたりと努力されています。

生産者の大塚一郎さん。趣味は読書とギター。地域からの信頼も厚い農家さん。

田んぼが荒れると地域が荒れる

 大塚さんの言葉に印象深いものがあります。「田んぼが荒れると、地域が荒れる。」大塚さんが耕すたんぼは100平方メートルに満たないことが多いと言います。全国平均が20a-30aと言われる田圃から比べると小さな田んぼを耕していることがわかります。

一般的な田んぼに比べ手間がかかるが、手間ほど売れる値段は高くはない。そんな米作りを小田のおいちゃん、おばちゃん達はなぜ続けられるのだろうか。それは地域の想ってのことなのではないだろうか。田んぼが荒れ、ススキやセイダカアワダチソウが生え、薮(ヤブ)化していく地域は、景色も防犯の面でも廃れた印象を受けてしまいます。田んぼを守ることが地域を守る、大塚さんの言葉は遺伝子レベルで先人たちの地域への愛を聞いているかのような説得力を感じました。

小田の風景はどこを切り取っても山と田んぼがある。
真ん中の黄色い部分は耕された田んぼ。それ以外は徐々にヤブになりつつある。

芝生の吹き付け

小田地域の中でも大塚さんの住む、本川地区は10年前より、畦に芝の種を吹き付けています。芝は被覆植物であり、土の下から雑草が生えてくるのを抑えるはたらきがあります。畦の草刈りの回数を減らし、稲作を続ける農家の負担を少しでも減らす取り組みです。コンクリートで埋め立ててしまう雑草対策もあるが、風景も考えると芝の方が美しい。こうして小田の中でも本川地区のすべての田んぼの畦に芝生が吹き付けられました。

芝を吹き付けた本川地区の田んぼの畦(あぜ)

大塚さんのお米づくりは地元の広報誌「広報うちこ 2021年12月号」にも掲載されました。

広報うちこ2021年12月号

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4/5ページ「お米と小田を届ける」に続く。

神戸生まれ。2019年から愛媛県小田地区に暮らす。古民家、田舎暮らし、まちづくり、建築などに興味がある。

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